退職給付会計
1998.08.14(木)
先週は、企業会計審議会が6月16日付で公表した「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」を読んで、今後必要な対応策を考えていた。実際に新しい会計基準が適用されるのは平成12年4月1日以降に開始となる会計年度からであるが、中長期の収益計画を立てるためには、それより前に試算しておかねばならない。となると、ぼちぼちと具体的な対応を考える必要があるということだ。
これまで退職給与引当金の計算にあたっては、期末に全従業員が一斉に退職するものと仮定し、その場合に支給せねばならない金額を基準として、その何割かを引き当てることとしていた。新基準では、退職一時金制度と企業年金制度で共に、将来の退職給付額を見積もってその現在価値を計算することになる。今の経理基準は、決算の時点で退職一時金が完結するという前提による計算だから、将来的に退職金負担が増える見込みであっても、それを当期の費用とは見ていない。しかし新しい基準は、将来に渡り幾ら払うことになるのかという視点から作られている。企業が何年にも渡って負担する退職給付の総額を求め、そのうち当期に属する負担は幾らかという発想。
長期的な従業員の退職状況を予測し、給与規定と退職金規定の適用状況をモデル化して、将来どの時点で幾らの退職給付が必要か計算し、その退職給付をそれぞれ現在の現金価値に割り引いて合計するという作業が必要になるが、これは大半の経理屋にとって未経験の領域だ。これまでこのような作業を行っていたのは、企業年金を扱っていた信託銀行および生命保険会社だけと言ってもよい。年金数理人(アクチュアリー)という、一般には耳慣れない名前の資格を取得した人の能力を必要とする作業である。ちなみにこの資格、大学の理系学部を卒業していないと受験資格が無いし、数学科を卒業した人でもそう簡単には合格できないとのこと。となると、中小企業では簡便法による計算が認められるから他人事だが、大半の大企業にとってこの作業は、否が応でも有資格者を抱える企業へ外注せざるを得ない。しかし日本で有資格者は千人に満たないのだ。実は今の状況は結構厳しいのではないかと思う。
生命保険会社や信託銀行の側から見ると、これは新しい手数料ビジネスとなる。百万円とか千万円といった金額の手数料を狙えるし、この計算業務を通じて自社の年金資産シェア拡大を働きかけることだってできる。現在、企業年金の幹事会社となっている生保ないし信託銀行が高い手数料を提示し、他の生保・信託銀行がより安い手数料を提示したら、計算を受託した会社が幹事会社を奪取して年金資産シェアを逆転することも可能。今の幹事会社は、そうさせないように動くだろうから、これから生保・信託銀行と企業の間で虚々実々の駆け引きが繰り広げられることだろう。
ただし、企業年金制度を導入している企業にとって一番楽な選択は、現在の幹事会社に計算を委託することである。すでに数理資料は渡してあるのだから、新たに出す必要のある資料は少ない。これが幹事会社以外の会社となると、数理資料から何から全て揃えて渡すこととなる。この差は大きい。
話が横道にそれたが、この新しい計算方法による退職給付負担は、従来の方法と比べて増えるか減るか、実際に計算してみないとわからない。退職金規程と利子率次第では、現在より負担が軽くなる企業が出ることもあるだろう。だが年功により退職一時金が急カーブで増えるような退職金規程を設けている企業では、将来の負担増を先取りする形で当期利益が圧迫されることになる。すでに現在現金価値という考え方を取り入れている企業年金では、将来の負担増に耐えきれずに解散する年金基金が出てきた。また松下など、退職金の先払い制度を取り入れた企業も出ている。将来の退職給付は企業にとっていかに重い負担になるか、それを示す一例だ。新しい経理基準が適用される平成13年3月期決算で、退職金や企業年金に潰される企業が出ても不思議は無い。特に従業員の平均年齢が高く、平均勤続年数が長い企業は要注意。経理屋諸氏には、早いうちに自社の影響額を試算することをお薦めする。
経理屋も含めて、企業年金制度のある企業にお勤めの皆様は、まずご自分が加入している企業年金の決算書をチェックしてみよう。貸借対照表の左側で、生保や信託銀行で運用している財産の他に、数理債務や過去勤務費用といった運用資産以外の項目(損失の繰り延べにあたる項目)が多額だと、平成13年3月期以降の決算で多額の負担を強いられる可能性が高い。逆に貸借対照表の右側で、責任準備金の他に利益の蓄積が多ければ、とりあえず企業年金が原因で会社が潰れる心配はしなくて良いだろう。さて、皆様の会社はいかが?
目次へ戻る