後発事象

1997.06.25(水)
一部修正 1997.09.14(日)


 「後発事象」と書いて、「こうはつじしょう」と読む。これが何のことかピンとこない人のために解説すると、会計用語で、財務諸表の作成基準日(決算日)から財務諸表の提出日までの間に生じた、企業財務にある程度以上の影響を与えるような経済事象である。「ある程度以上の影響」という表現は、当該事象によって、その企業の利害関係者(特に投資家)の経済行動における判断を左右せしむる程度に重要性があるということを指している。財務諸表(特に有価証券報告書)において、後発事象は注記せねばならない。

 今年の4月1日に、日本債券信用銀行系列のノンバンク3社が自己破産を申請した。この3社に対して債権を有するもの(特に銀行)から見ると、これは自己の保有資産(金銭債権)が毀損する客観的蓋然性にほかならない。当然ながら、これは後発事象に該当する。

 この3社に対しては、数多くの銀行が融資していた。数十億円貸していたなんて話は、ざらにある。しかし、この6月末に(大蔵省と証券取引所へ)提出された、各上場銀行の有価証券報告書で、この3社の破産を後発事象として注記するところは、あまり無い。それはなぜか。

 財務諸表は本来、決算日(銀行の決算日は、銀行法によって3月末と定められている)時点での当該企業の財務状況を表すものである。しかし、「後発事象の監査に関する解釈指針」(企業会計審議会)では、重要な後発事象は財務諸表「本体」へ、その影響額を織り込むことを求めている。つまり「当該事象による損益額は、その事象が発生するより以前の財政状態を表している財務諸表(貸借対照表、損益計算書、剰余金計算書)で当期純損益を計算するにあたって、反映させなさい」と言うわけだ。言い換えると企業会計審議会には、そのように重要性のある損益修正事項について、企業は予め予測しなくてはならないという基本思想があるようだ。これによって多くの銀行は、3月末に遡って同3社向けの貸倒引当金を計上し、その引当損失を差し引いた後の当期純損益を、決算短針で公表していた。つまり、この経理操作によって、後発事象は財務諸表に織り込まれ、後発事象ではなくなってしまうのだ。従って、「後発事象」として同3社の破産を注記する必要性も消滅する。当期純損益の数字を直すだけで、利害関係者が知りたいと思うような後発事象が、開示対象ではなくなるのだ。なんとも不思議な話とは思わないだろうか?

 ここで注意してほしいのは、同3社に金銭債権を有する銀行すべてが上記の経理操作を行っているわけではないことである。この経理操作は、各銀行がそれぞれの公認会計士と相談しながら行っているので、公認会計士の判断しだいでは、このような経理操作は行わなくて良いとしているところもあった。

 僕の考えでは、「後発事象の監査に関する解釈指針」は、かえって利害関係者の経済行動意志決定を阻害するものになっていると思う。理由は二つ。まず一つは、財務諸表は決算日現在における企業の財政状況を表すべきものという基本思想。財政状態の表示にあたっては、当然ながら経営者の、リスクに対する認識が大きな影響を及ぼす。今回の件で例示すれば、同3社が破産するリスクを認識したか認識しなかったか、経営者の判断を如実に表しているのが、同3社に対する貸倒引当金の有無である。ごく一部の銀行は、3月末にはすでに貸倒引当金を計上していたようだ。しかし、現行の指針によって決算を修正されると、このようにリスク認識が的確であった銀行の存在というのが、覆い隠されてしまう。投資家は、的確なリスク判断力を有していた銀行を知る機会を奪われるのだ。

 財務諸表は決算日現在の財政状態を表すべきものであるという、僕の基本思想からすると、このように後付けで決算を修正することは、粉飾に他ならない。

 今回の事例で言うと、各銀行は3月末の財政状態を財務諸表に表示するとともに、同3社の破産については、当該債務者に対する金銭債権総額と、それに対する債権保全状況(貸倒引当金の引当状況を含む)を注記するのが、最も的確な情報開示であったと考える。仮に、3月中に貸倒引当金を積んでいた場合、開示の趣旨から考えると、上記開示を行う必要はないのだが、今回の例では、社会的影響を勘案すると、プレス資料などの手段で金銭債権総額を開示することが適当だっただろう。

 次の理由は、貸倒損失額の見積もりが困難であったため、引当額が実状から乖離したものになっていたことである。同3社の破産配当率は、4月中に確定しようはずもなかった。また、各銀行が債務者の財政状態を把握することも困難であり、非常にラフな引当を行わざるを得なかったわけである。かなりの銀行は、損失額の見込みがたたないので「とりあえず半額」を引き当てたようだ。しかし、こんな大雑把な額を引き当てるというのは、悪意の無い粉飾であり、利害関係者の判断を誤らせるものだと思う。こんな引当を行うくらいだったら、同3社に対する金銭債権総額を開示するほうが、利害関係者にとっては有用な情報だ。なぜなら、最大限でもその金銭債権総額が損失の上限額となるからだ。その上で、保全状況を開示し、「金銭債権総額−保全部分」の金額を損失上限額とするほうが、情報利用者の有用性にかなう。このほうが、本来「後発事象の監査に対する解釈指針」が財務諸表に求めている、客観的経済情報として有用なのではないだろうか。

 後発事象に限定しての話であるが、今の会計制度に従うと、私の言う「悪意の無い粉飾」を行わざるを得ないことが多い。情報利用者としての立場から見ると、これには異議がある。利害関係者の意思決定過程に与える影響を考えると、企業会計審議会には解釈指針の見直しを求めたい。

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