勤務費用は、今期の従業員の労働の対価として発生した退職給付債務です。これを計算するに当たっては、将来の退職率や従業員の平均寿命など、さまざまな将来予測を織り込んでいまして、その予測に基づいた額をそのまま計上します。予測と実績との差異は、別途調整します。
利息費用は、過去の労働の対価たる前期末の退職給付債務に対して支払わねばならない利息です。適用される金利は、その会社が採用した割引率です。つまり、退職給付債務は、会社の意思と関係なく、勝手に増えてゆきます。
期待運用収益は、年金資産が稼ぎ出す運用収益です。利息費用の控除項目となっているため、年金資産が割引率と同じ運用収益を稼いだら、利息費用は実質ゼロになります。
数理計算上の差異償却は、予想に基づき算出した勤務費用と実績値との差異を当期損益に反映させる項目で、費用のプラス項目になることも、マイナス項目になることもあります。
過去勤務債務償却は、退職給付制度を変更したことによる退職給付債務の変動を当期損益に反映させる項目で、やはり費用のプラスになることもあれば、マイナスになることもあります。
会計基準変更時差異償却は、退職給付に係る会計基準が適用される初年度の、期初の退職給付債務と前期末退職給与引当金(企業年金に関する引当金を計上していた会社は、それも含む)との差額、いわゆる積立不足を、当期の損益に反映させて積立ないし引き当てる項目です。過去に税法基準で退職給与引当金を計上していた企業は、ここが相当大きな金額になったことでしょう。
さて、馴染みのない単語を沢山並べたところで、本題に戻ります。3月決算の会社が12年9月末までに保有有価証券を信託拠出した場合、株式相場が良い時期だったため、退職給付信託勘定では取得簿価が高くなっています。しかし、その後の相場下落で含み損状態となっている信託が多いことでしょう。そうすると、12年度ないし13年度から、その含み損を数理計算上の差異償却として、1年ないし複数年で引き当てる、もしくは追加拠出する必要がでるのです。さしずめ、保有株式の売却益で積立不足という一次ロスを吸収し、対策終わりと思っていたら、予期しない二次ロスが降りかかってきたようなものでしょう。
また、退職給付信託は当然のように時価会計が適用され、運用利回りの計算も時価利回りです。そして、そういった売れない事情のある株式は、往々にして低成長会社のそれであることが多く、今後それほど大きな運用収益は見込めません。配当金収入も微々たるものでしょうから、期待運用収益は安定して低水準です。年金資産たる退職給付信託の運用利回りが低くとも、それでカバーされたはずの退職給付債務は、1年経つごとに割引率の金利で増えてゆきます。この増える部分を「利息費用」といい、やはり会社が負担せねばならないものですが、本来であれば年金資産が運用収益を稼ぐことで相殺されるという性格のものです。しかし、年金資産たる退職給付信託が割引率(12年度であれば3%台を採用する会社が多いでしょう)を大幅に下回った運用しかできず、あまつさえ評価損まで出す状況となると、将来の退職給付費用を安定拡大してしまいます。
ついでに指摘しておくと、年金資産の中身に、持ち合い株式という「売れない資産」を抱えておくことは、退職給付の原資確保という観点からも問題です。年金資産は、将来換金して従業員に分配せねばならないものです。その資産の一部が明らかに売れないということであれば、それは年金資産として見るべきではありません。今は年金資産として認められていても、将来的には会計基準が変更され、退職給付の原資として不適格な資産は年金資産から排除されることが予想されます。そうなった時に、持ち合い株を信託した企業は、企業年金の重さを改めて思い知ることでしょう。
持ち合い株式による退職給付信託は、退職給付会計基準を適用した初年度の積立不足を大幅に圧縮し、いかにも退職給付債務対策を進めたかのイメージを対外的に与えています。ですがその結果は、将来の費用拡大と、まやかしの年金資産です。この「負の側面」を、経理屋さんや経営者、会計士、マスコミは気づいていないか、気づいても知らぬふりをしていました。特に知らぬふりをしていた方々には、会計学の初歩として習う「アカウンタビリティ」という言葉の意味を、改めて考えていただきたい。まぁ、マスコミには期待していないですが...
かつて日本には、自己資本がゼロコスト資金という幻想が徘徊していました。しかし、優先株の登場で、往々にして自己資本は高利回り調達となり、自己資本の質が問われる時代を迎えました。今後、年金資産も同じように、その質を問われる時代が来ることでしょう。投資対象として企業を評価する場合、その企業は本当に退職給付債務に対する積立ができているのかどうか、その年金資産の質を見なければならないと思いますが、いかがでしょう?>アナリスト諸氏